取材・文 藤岡 麻美 / 協力 興津 裕代
妊活中はメンタル面の不安が大きくなるもの。
「妊+(nintasu)」では、不妊に悩む人と不妊専門カウンセラーとのマッチングを行っています。
この記事では、妊活中の女性に寄り添うカウンセラーの活動内容や人柄についてご紹介します。第5弾の今回はキャリアも妊活も相談できるキャリアカウンセラー庄司峰子さんにお話を伺いました。
切り離せない「妊活」と「キャリア」
―庄司さんのこれまでの経歴について教えてください。
私は新卒で人材業界に入り、求人紹介や採用支援などキャリアに関する仕事を15年ほどしてきました。キャリア支援の仕事は、その人がどのような人生を歩んできたのかという話を聞くところから始まり、これからどうしていきたいのかを一緒に考えていく仕事です。さまざまな価値観に触れ、人の成長に立ち会うことができる、支援する側にとっても学びが多い仕事だと感じています。
現在は個人でキャリア支援をしているほか、「妊活」と「キャリア」を掛け合わせた支援もしています。
―妊活をしている人の中には仕事との両立・転職・退職など、キャリアに悩んでいる人もいるのですね。
はい。私自身が不妊治療と仕事を両立させることに悩み、最終的に退職したという経験があります。そして、実は人知れず不妊治療を頑張っていた同僚や不妊治療と仕事の両立ができずに退職した同僚がたくさんいることを知り、「これはひとつの社会問題なのではないか」と感じ始めました。
周囲に言っていないだけで多くの女性が不妊治療とキャリアに悩んでいる現状をみると、「妊活」と「キャリア」は切り離せないと感じています。
―確かに「妊活」と「キャリア」は切り離せませんね。
妊娠・出産をしても働き続けることが当たり前の社会になり、子どもを望む女性は不妊かどうかに関わらず、妊娠・出産をすることで必ず仕事から離れなければならないタイミングがきます。仕事から離れることに不安を抱く人の中には妊娠・出産の時期を先延ばしにするケースもあり、時期を遅らせたことで不妊になってしまう人もいます。
女性がキャリアを築いていく上で妊娠・出産、さらには育児をどう取り込んでいけばいいのか。子どもを望む女性が必ず抱える悩みだと思います。
「人生の優先順位」を変えた不妊治療。夫婦ふたりで歩んでいくために退職を決意。
―庄司さんご自身の「不妊治療と仕事の両立」はどうでしたか。
不妊治療を始めた当時、私は営業職として在籍していました。人工授精までは仕事のスケジュールを調整しながら不妊治療もできていたのですが、体外受精になると通院回数が多くなり、思うように治療をすることはできなくなりました。
その後、内勤に異動させてもらい通院しやすくなったのですが、今度は「営業から内勤へ異動したのにまだ妊娠しない」ということにプレッシャーを感じるようになりました。
―異動をして仕事のスケジュール調整ができるようになっても新たなストレスができたのですね。
はい。これまで仕事の忙しさや通院のスケジュール調整がうまくいかないストレスで妊娠できないと思っていましたが、「そのストレスが取り除かれても妊娠しない自分」と向き合うことがつらく、「妊娠できないこと」が確定事項になっていくことに恐怖を感じるようになりました。
ほかにも、社内にいることが多くなると同僚の妊娠・出産ニュースを聞いたり産休に入る人の挨拶を目にしたりすることが増えました。妊活する上でストレスの少ない環境は大事ですが、ストレスの全くない環境を整えることはできませんね。
―ストレスをなくすことはむずかしいですね。職場環境が変わって変化したことはありますか。
通院しやすい状況になっても妊娠しない日々が続き、「いよいよ本当に子どもを授かることは無理なのかもしれない…」と感じるようになりました。「自分の子どもに会うことは叶わない」と思った時、私の人生の中で「子どもを持つこと」がどれほど重要だったかということに気づき、これまでに感じたことのない喪失感に襲われました。
―不妊治療をした後に「子どもを持つこと」がとても大切なことだと気づいたのですね。。
そうですね。もともと子どもは欲しかったのですが、さらに思いが強くなった感じです。私が新卒として人材業界で働き始めた数年の間、出産や育児などでキャリアを中断し、そこからキャリア形成に悩まれている求職者の方とたくさんお会いしました。今でこそ産休・育休を経て復職することが当たり前になっていますが、当時の経験から自分でも気づかないうちに「キャリアを築いてから子どもを産むほうがいい」という固定観念を強く持っていたのだと思います。
しかし、子どもを授かれない現状を突きつけられたときに、「今の仕事は残念ながら私の代わりはいるけど、パートナーの子どもは私しか産めない」と思うようになりました。そこから徐々に人生の優先順位について深く考えるようになり、同時に不妊治療の終結に向けて心の準備をすすめていくようになった気がします。
―その後、退職をされたのですね。
はい。5年間不妊治療を続けても妊娠せず、不妊治療の終結を考えていた時に、このまま仕事に全力投球するという道もあったのですが、仕事を続けることが後悔につながるのではないかと思い、退職を決意しました。
―「仕事を続けることが後悔につながる」とはどういうことでしょうか。
「仕事を辞めたら妊娠した」とよく聞くと思うのですが、私はそう言われることに対してずっと抵抗を感じていました。仕事をしていても妊娠はできる、出産をしても仕事を続けられる、ということを自分がしっかりと表現したいと思っていたので、絶対に仕事を辞めずに授かりたいと思っていました。
だけど本当は「もしかしたら仕事を辞めたら妊娠するのかな」という気持ちが心のどこかにあり、ずっとひっかかっていました。その気持ちを摘み取っておかないと10年後、20年後に後悔する気がしました。仕事を辞めて子どもも授からない将来より、「あったかもしれないもうひとつの人生」を思い続けて暮らす将来の方がもっとつらいと思ったのです。
―妊娠するために退職をして不妊治療に専念するというよりは、納得感を得るために退職をしたという感じでしょうか。
そうですね。5年間の不妊治療で一度も着床をしたことがなかったので、「退職したら授かるなんて、そんな簡単なことじゃない」と全く期待はしていませんでした。退職して最後の不妊治療をする。夫婦ふたりの生活をスタートさせるにあたって悔いなく人生を歩んでいけるよう、一区切りつけるための退職と治療でした。
ー勇気のいる決断だと思います。
ただ、この境地に至るまでにはたくさんの葛藤がありました。これまでサポートしてくれた会社への愛社精神もありましたし、仕事自体も、一緒に働く仲間も大好きでした。「不妊治療と仕事の両立」というのは同時並行できるかどうかだけではなく、一時的に仕事を離れて不妊治療に専念したとしても安心してキャリアを継続できるかどうかも大切だと実感しています。
そしてこれは不妊治療に限らず、育児や介護や病気の治療にも言えることです。
「共感」を肌で感じ、カウンセラーの道へ
―妊活×キャリアのカウンセラーになろうと思った経緯を教えてください。
退職後、幸運なことに最後の不妊治療で子どもを授かることができましたが、それまでは夫婦ふたりの人生を歩んでいくと思っていました。退職をしても何か自分の支えになるものが欲しいと思い、キャリアコンサルタントの勉強を始めました。
また、「いずれ不妊治療を終えたら、自分の不妊経験を誰かのために役立てることができればうれしい」と思い始め、不妊ピア・カウンセラー(NPO法人Fine)の勉強も始めました。
―カウンセラーの勉強をして何か変化はありましたか。
「人生の全てがキャリア」であることを知りました。例えば、退職をしたとしても人生は終わらないし、新たな道を歩んでいけること、仕事だけではない人生における役割がたくさんあるということを身に染みて感じました。そう感じた時に、不妊を転機にできるのではないかと思うようになりました。
―「人生の全てがキャリア」という考え方は新鮮ですね。
はい。私も退職を決意するまでは「辞めたらこの先のキャリアを築いていけない」と思い、ブランクができることを恐れていました。しかし、キャリアについて学ぶ中で、仕事への力の入れ具合に強弱があってもいいという考え方にたどり着いたんです。
また、キャリアカウンセラーの方に「あなたの職歴であれば、妊活で2~3年仕事から離れたとしても大丈夫ですよ。」と言ってもらえたことで不安が和らぎ、新たな道へ歩み始めることができました。あの言葉がなければ、退職をすることもカウンセラーの道へ挑戦することもなかったと思います。
―カウンセラーの言葉が支えになったのですね。
ほかにも、私がキャリアカウンセリングのロープレをした時の経験で、今でも忘れられない出来事があります。私が相談者役で自分の不妊の相談をしていると、様子を見ていた先生が急に割り込んで「ちょっと待って。それってすごくつらいんじゃない?」と言ってくれたんです。私のつらさをわかってもらえたことが本当にうれしく、涙をこらえるのに必死でした。
―その一言で十分だったのですね。
文字にすると短いかもしれませんが、その思わず出た一言から「共感」を肌で感じ、癒された感覚を今でも覚えています。
―共感をしてもらえたことで、庄司さんの気持ちはどうなりましたか。
本当に心が救われました。人は悩んでいる時、誰かに聞いてほしい、わかってほしいんだということを実体験として理解できました。ロープレではありましたが私の心は確実に救われ、もっと勉強したい、私もこの仕事に就きたいと強く思い、カウンセラーを目指すことに決めました。
「不妊をポップに語る」新しい取り組みスナック78を始動
―現在、庄司さんはどのような活動をされているのですか。
NPO法人Fineの不妊ピア・カウンセラーとしてカウンセリングを行うほか、個人でもカウンセリングを行っています。相談内容は不妊×キャリアを主軸としていますが、不妊に関する悩みは多岐にわたり、いろいろな悩みが絡み合っていることが多い印象です。
ほかには大学生や若手社会人向けにプレコンセプションケアのセミナー講師をしたり、企業向けに当事者支援についてのセミナー講師もしています。私自身、不妊になってから知る情報が多く、「もっと早く知っておきたかった」と後悔したため、若い頃から妊娠や不妊について正しい知識を持ってほしいと思っています。
―講師などカウンセリング以外の活動もしているのですね。「不妊をポップに語るスナック78」について教えてください。
昔から見知らぬ人同士が気軽に繋がるスナックという場所がとても素敵だと思っていて、スナックのママに憧れを抱いていました。カウンセラーとして活動をしていく中で、キャリアについての話をする人も多いという「スナックひきだし」を知り、不妊に悩んでいる人にも活かせるのではないかと思いました。
今はカウンセラー仲間と定期的にオンラインでスナック78(ナナハチ)を開店しています。七転び八起きの人生を送っているカウンセラー2人がスナックのママになって、不妊やキャリアを気軽に話せる場所をつくっています。
―不妊はオープンには話しにくいけど、安心できる場所で気軽に話せるのはうれしいですね。
不妊治療をしていた頃を振り返ると、すごくつらい時もあったのですが、笑い飛ばしてスッキリしたい時もあったんですよね。私は小さい頃から不幸ネタで人を笑わせて「もやもやしている気持ち」を昇華させてきたので、不妊治療中も「こんなこと言われた」「こんなことがあった」と、ちょっとしたもやもやエピソードをネタっぽくして笑ってもらいたい時がありました。
だけど「不妊」がキーワードになった瞬間、誰も笑ってくれないんですよね(笑)
―確かに笑いにくいかもしれません(笑)。
そうですよね(笑)。笑うだけではなく、一緒に驚いてくれたり、怒ってくれたり、感情を共有できる場って大切だと思うのです。
今日は笑いたい、今日は飲みたい、今日は誰かの話をただ聞きたい、というように、いろいろな感情をスナック78にそのまま持ってきてもらって、発散して、ちょっと元気になって、それぞれ日常に戻っていくようなイメージです。
―不妊に悩んでいて根底にはつらい気持ちがあったとしても、誰かと笑い合うことで気持ちが楽になることもありますね。
不妊治療中は気持ちに波があると思うので、じっくり話を聴いてほしい時にはカウンセリング、笑い合って元気を出したい時にはスナックという感じで、気分によって必要な場所を使い分けてもらえるとうれしいです。
「納得できる選択を」人生を進めていけるのは自分自身
―カウンセリングやスナックなどいろいろな場所がありますが、人に話を聞いてもらうことで心が軽くなるのではと思いました。関係が近すぎない人と話せるということもポイントなのでしょうか。
そうですね。私も不妊について家族や親族に話すのは抵抗を感じていたのですが、仲良くなった取引先の方とお互いの不妊治療について相談し合うことはありました。関係が近すぎない人のほうが話しやすいというのは不思議ですね。
親しい人以外に話を聞いてもらうという選択肢も持っておくといいですね。最後に、不妊に悩む方にメッセージをお願いできますか。
私が伝えたいことは「もっと自分の気持ちを大切にしていい」ということです。
不妊治療をすると制限することや自分ではコントロールできないことがたくさんあります。治療においては、自分がどうしたいかなんて、後回しにすることばかりです。そして、たくさんのことを決めていかなければなりません。病院選び、治療の方法、ステップアップのタイミング、働き方、治療の終結…。
私自身、次々訪れる大きな決断とその責任の重さに疲弊していました。時には周囲の情報に翻弄されることもあると思いますが、自分の気持ちや願いに耳を傾け、その想いを軸に選んでいくこと。不妊治療の結果をコントロールすることは難しいですが、納得感のある選択の積み重ねによって、人生の満足度が上がっていくと思うのです。
そのために、自分とパートナーそれぞれの価値観や、大切にしたいこととじっくり向き合い、折り合いをつけることが必要です。時には自分の価値観がわからなくなることもあるかもしれません。そんなときは、私たちカウンセラーを頼ってほしいです。みなさんの想いや願いを整理し、自分自身で人生を選び取っていくお手伝いをさせてもらいます。
妊+にはあらゆる方面からみなさんをサポートするカウンセラーがたくさんいます。その時の気持ちに合わせて、ご利用いただけたら嬉しいです。
―目指していた「妊娠する」というゴールよりも後悔しないための行動を選んでいくことの大切さを知った庄司さん。一歩踏み出して自分の力で歩んでいるその姿は、不妊治療とキャリアに悩んでいる女性に「自分で選んでいく勇気」を与えてくれるでしょう。今回は素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
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