取材・編集 藤岡 麻美 / 協力 新田 真紀子
妊活中はメンタル面の不安が大きくなるもの。
「妊+(nintasu)」では、不妊に悩む人と不妊専門カウンセラーとのマッチングを行っています。
この記事では、妊活中の女性に寄り添うカウンセラーの活動内容や人柄についてご紹介します。第2弾の今回は不妊ピア・カフェのオーナーで「ふぁみいろネットワーク」の共同代表としても活動する綾原さんにお話を伺いました。
「子どもをもつことを諦められなかった」葛藤を経て卵子提供で出産
―綾原さんの不妊治療の経験を教えてください。
私は不妊治療をしても自分の卵子で子どもを授かることができず、 匿名のドナーさんから卵子提供を受けて出産しました。当時は「あと1回、頑張れば!」という気持ちと「これ以上がんばっても…」という相反する気持ちを抱えながら不妊治療を続けていました。
しかし、不妊治療をやめることを考えた時にどうしても子どもを諦められない自分がいることに気づき「自分の遺伝子ではないけれど、卵子提供をすれば産むことも育てることもできる」と思い、卵子提供を選択しました。
―不妊治療をやめるという選択ではなく、諦めない方法を模索したのですね。
当時は「不妊治療をやめられない自分はダメだ」と自分を責めてしまい、子どもを諦めて新たな道を歩んでいる人を眩しく感じていました。キャリアや他のことは諦めることができるけれど、子どもだけはどうしても諦めることができない。
子どもを諦められない自分にはどのような方法があるのかをずっと模索し続け、卵子提供を受ける決断をしました。
―卵子提供を受けると決めたあとは気持ちに変化はありましたか。
卵子提供ではドナーさんに採卵をしてもらうので、私たち夫婦のために健康な体に針を刺さなければならず申し訳ない気持ちでいっぱいでした。身体的負担を与えることに罪悪感を抱きつつ、それでも卵子提供を選択したい気持ちもあり葛藤に苦しみました。
同時に世間に知られることに対して不安も感じました。それは知られてしまうと「どうしてそこまでして子どもを持ちたいの?」「親のエゴだ」「子どもがいじめられるから可哀想」と言われることがあるからです。なんとなく肩身が狭く相談することも憚られ、孤独を感じていました。
―葛藤・罪悪感・孤独など、いろいろな気持ちを抱えて出産されたのですね。卵子提供で出産された経験をどのように感じていますか。
「人は助けてもらって生きているんだ」ということを骨身に染みて感じました。これまでは当たり前のように自分で子どもを産めると思っていましたが、たくさんの方が関わってくれたおかげで出産することができたので、その経験から何事に対しても「助けてもらっている」ということを感じます。
もうひとつ、“家族に窓が開いている”感じになりました。「家族」というと夫婦と血のつながった子どもの関係をイメージすると思いますが、私たちの家族にはドナーさんの遺伝子が入っていて、夫婦と血のつながった子どもだけでなくドナーさんという素敵な繋がりもある「開かれた家族」です。
「開かれた家族」子どもを個人として尊重する子育て
―「開かれた家族」というのはとても興味深いです。ほかにも卵子提供での出産を経て感じたことはありますか。
そうですね。いい意味で最初から母子分離ができているように感じます。例えばよく耳にする「私の子どもだから当然こうだ」といった先入観や過度な期待を押し付けることはなく、子どものありのままを受け止めることができています。子どもを親の所有物ではなく一個人として尊重しやすいように思いますね。
特に第三者提供は倫理的な課題も多くあり、子どもが自分のルーツを知る権利など子どもの人権を丁寧に守っていく必要があるので、日ごろから子どもを「ひとりの人」として尊重する育児を大切にしています。
―「子どもをひとりの人として尊重する」すべての親に言えることですね。「倫理的な課題」について教えてください。
第三者提供には生まれた子どもが親から出自を知らされず傷ついた人がたくさんいるという歴史があり、子どもが成長後に事実を知った場合は子どものアイデンティティに重大な影響を与えると言われています。その歴史を繰り返さないためにもどうすればオープンな形でポジティブに子どもと語り合えるのか。「こんなに待ち望んであなたはうちに来てくれたんだよ」と伝えられるのか。
第三者提供で家族形成をした人は子どもへの伝え方をとても悩みます。第三者から精子や卵子の提供を受けた事実をポジティブな形で伝えていけると「家族の闇」ではなく「家族の大切な成り立ちの物語」として子どもと共有していけるはずだと思っています。
私の場合はドナーさんが匿名なので子どもがドナーさんに会いたいと言ってもコンタクトを取らせてあげられません。それでも「あなたが生まれるために助けてくれた人がいるんだよ」ということを幼い頃から子どもに伝えていきたいと思っています。
―卵子提供も不妊治療ではあるけれど第三者が関わる点で特有の課題があるのですね。
そうですね。今は法律用語で精子提供・卵子提供・代理懐胎のことを「特定生殖補助医療」と言い、不妊治療だけど「特定」の治療という位置づけです。法律上の扱いも特別です。今は法律が整備されている途中ですが、私が卵子提供を受けた頃は特定生殖補助医療に関する法律自体がなく社会制度的にも不安定な状態でした。
私の場合は日本で卵子提供を受けることができず海外に渡航して治療を受ける必要があったので、そうしたことも第三者提供特有の孤独感といえるかもしれません。
「卵子提供で出産した当事者」として不妊ピア・カウンセラーの道へ
―卵子提供を受けて出産した綾原さんが不妊ピア・カウンセラーになろうと思った経緯を教えてください。
不妊治療をしているとき、誰に相談すればいいのか悩む人も多いと思います。友達か、パートナーか、親か、それとも専門家か…
私は「ピア(仲間)」の存在が支えになる場面があると思います。どんなに親しい友達であっても不妊治療に詳しくない相手に話すときには「卵子提供ってなに?」というところから説明が必要というもどかしさがあります。一方、生殖心理カウンセリングを行っている専門家であればそうした説明を省いて話すことができます。
しかし、私が専門家のカウンセリングを受けていた当時「卵子提供を考える私は、先生からどう見えているのだろう」という不安を感じている自分がいることに気づきました。そうした時に同じ経験をしているピアなら事前の説明なしで、なおかつ「私のことをどう思うか」という心配もなく話せるのではないかと思い、不妊ピア・カウンセラーを目指しました。
―友達でも専門家でもないピア(仲間)の存在に支えられる場面はたくさんありそうですね。綾原さんはどのような場面でピアの存在に支えられましたか。
卵子提供を考えていた当時、卵子提供で妊活をしている方々のブログが心の支えでした。私の周りには同じような経験をした人はいませんでしたが、ひとりで悩んでいた私にとって「どこかに仲間がいる」と思えるだけでどれほど救われたかわかりません。
出産後、精子提供を受けて出産したブログ友達と「精子提供・卵子提供・代理懐胎で子どもを授かった方をサポートする当事者団体」として「ふぁみいろネットワーク」を立ち上げました。ふぁみいろネットワークではピアとしてサポートをするポジションですが、私自身もスタッフや当事者の方々に支えられていると実感しています。
―ピアがいると思えるだけで心の支えになりますね。ピアの方と話すメリットは何がありますか。
ふぁみいろネットワークは第三者提供というくくりではあるのですが、精子提供・卵子提供・代理懐胎とさまざまな選択をした方がいます。全く同じではないけれど意外なところで共通点を見つけ、勇気づけられたり肯定してもらえたりした体験が何度もありました。
同じ経験をしていなくても「同じ立場」として支え合えるのがピアの良さだと強く感じます。「わかってもらえている」という安心感を得られることがピアと話す1番のメリットです。
「エンパワーする」カウンセリングという名のピア活動
―綾原さんは卵子提供を経験したピアとしてどのような活動をされているのですか。
「不妊ピア・カフェ」という屋号でピアカウンセリングを行っています。カウンセリングではあるのですがどちらかというと部活みたいな「ピア活動」です。私は「エンパワーメント」「力づけること」をピア活動の基本にしていて、ちょっとパワーを送ったり励ましたりするイメージです。仲のいい友達に一緒に怒ってもらったり、一緒に悲しんでもらったりした体験をイメージしてもらえるといいですね。ピア、仲間として、カフェにいながら話をしている雰囲気を作れたらいいなと思っています。
―「ピア活動」「ピアカフェ」という言葉がぴったりです。一緒に怒ったり悲しんだりしてもらうことで癒されることもあるのですね。
心理の専門家が行うカウンセリングではクライエントさんと一緒に怒ったり悲しんだりしないと思いますが、ふぁみいろネットワークでの活動経験から感情をともにすることが癒しにつながることもあると実感しています。
お話会などで当事者の方がこれまでの辛い思いや悲しい経験を語ってくださるのですが「この方はなぜこのような偏見にさらされる必要があったのか」と憤りを感じざるを得ない内容が実際にあります。そうした時に私たちピアが一緒に怒っている姿をみると「やっぱりあの言われようはひどかった」と感じて気持ちが整理できるようです。癒す目的で怒っているわけではないのですが「一緒に怒ってくれたおかげで癒されました」という声をいただくと、これがピア活動ならではの癒しだと感じます。
―団体での活動経験からピア活動にたどり着いたのですね。共同代表をしているふぁみいろネットワークではどのような活動をしているのですか。
当事者同士のお話会やオンライン・コミュニティで「あなたが悩んでいることはみんなが悩むことだから安心して」ということを伝えたり、自分の気持ちに対する折り合いのつけ方や子どもへの伝え方を一緒に考えたりしています。第三者から精子や卵子の提供を受けることを考え始めてからその後の育児まで、それぞれの段階で困っていることに継続的に寄り添うことを大切にしています。
―第三者提供を選択するまで、妊娠、出産、育児など、あらゆる段階でのサポートが受けられるのはうれしいですね。
そうですね。どうしても子どもを諦められなかったときにどのような方法があるのか、卵子提供で妊娠した後の不安、子どもへの伝え方など、これまでの私の経験や知識をお話しすることもしています。
「このように育児をしなさい」「この絵本を読み聞かせなさい」という専門家のアドバイスも有用なことはありますが、仲間たちの「子どもに伝えたらこんな反応だったよ」など実際の経験を知ることで幸せな親子関係を主体的に築いていく手がかりになればうれしいと思っています。継続的なサポートの中で過去の傷つきを整理したり経験者として未来を示したりすることもできるので、どの段階の方でも気軽にお話しいただけます。
「仲間はいる」苦しいときには仲間に会ってほしい
―不妊治療のやめどきや卵子提供を考えている人にとって綾原さんの存在が大きな支えになると感じました。最後に、不妊に悩む方にメッセージをお願いできますか。
私はピア活動をするうえでご本人の決断には介入しないと決めています。第三者提供の選択を勧めるわけでも反対するわけでもなく対等な仲間として迷いや苦しみに寄り添い、必要な情報を提供する。カフェのような気軽さは残しつつ、プライバシーが守られて安心して相談できる場所を用意しています。
ひとりで悩んでどうしようもないときには、ぜひ仲間に会ってみてください。誰にも言えずに閉じこもっていると「自分だけが人として、女性として、男性として不完全なんじゃないか」という思いに囚われがちですが、 仲間がいると思えるだけ楽になることがあります。悩んで苦しかった日々も、人としての魅力を深める時間になっていると思います。
この先の未来がどうなるにしろ、全てあなたの身について、血肉になって、これからの日々を豊かにしていくものだと思うし、 そこに仲間がいるとさらに豊かな未来になると信じています。そうした意味でも、仲間に会って自分の気持ちを整理してほしいです。私は卵子提供をした「仲間」としてここにいるので、パワーが必要なときは不妊ピア・カフェにお立ち寄りください。
―子どもを諦めない方法を模索し続け、卵子提供で出産した綾原さん。エンパワーするピア活動は不妊治療のやめどきに悩む女性の支えとなっていくことでしょう。今回は素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
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コメント
ふぁみいろネットワークさんのご活動と、当事者目線のブログ発信もとても好きで拝読していますが、
改めて綾原さんの熱くて深い想いをこの文章からたくさん受け取らせていただけて、ジーーーーンとしています。
私自身も孤独に不妊と向き合っていた時期、辛いこと悔しいことを共有したり、一緒に怒ってくれる人、いて欲しかったです。
カフェのような場所で、体験談を聞けたり、気持ちを吐き出せることも、とっても貴重な場だと思います。
卵子提供という選択肢がもっともっと身近なものとなって広がるよう、心から願っています。
@萌黄さやか さん、
熱いメッセージをありがとうございます🌷🥺
私たちの活動の土台を作ってくれたFineの研修では、「クライアントさんと一緒に怒っていい」とか習わなかったですよね😂(スーパービジョンで叱られそう!)
でも、実際のピア活動では、周りから心ないことを言われて傷付いて弱っている仲間に、「そんな無神経なこと言われたら怒っていいと思う‼️」と伝えることで、活力を取り戻してもらえることがあるように思います。
私はFineで習ったことをすごく大事にしたくて、でもマイノリティのピアサポートでは、【自分と仲間の怒りや義憤をタブーにしない】というのがあるように思います。
さやかさんからメッセージ頂いて嬉しかったです❣️
応援頂いて、活動の励みになっています😆💕