患者と医療者の架け橋を担う不妊カウンセリング 医師と信頼関係を築く秘訣とは

患者と医療者の架け橋を担う不妊カウンセリング 医師と信頼関係を築く秘訣とは

取材・文 藤岡 麻美 / 協力 白石 さつき 


妊活中はメンタル面の不安が大きくなるもの。
「妊+(nintasu)」では、不妊に悩む人と不妊専門カウンセラーとのマッチングを行っています。

この記事では、妊活中の女性に寄り添うカウンセラーの活動内容や人柄についてご紹介します。第6弾の今回は薬剤師、不妊カウンセラー、ブロック外しセラピストの肩書を持つ中川佳子さんにお話を伺いました。

(本人提供)
不妊カウンセラー 中川 佳子さん


不妊治療がもたらした「働き方改革」

中川さんのこれまでの経歴について教えてください。

私は10年以上、薬剤師として大学病院や地域の中核病院、薬局で働いていました。不妊治療と夫の転勤をきっかけに働き方を変え、今はパートで薬剤師をしています。個人では不妊の悩みを傾聴する「不妊カウンセラー」と、トラウマや思い込みを解消する「ブロック外しセラピスト」の活動をしています。

―不妊治療も働き方を変えるきっかけになったのですね。

はい。体外受精へステップアップするとさらに仕事と不妊治療の両立はむずかしくなると感じ、「子どもが欲しい」という自分の望みを叶えるためには、働く環境をどのように整えるのがよいかとても悩みました。そんな中、夫の転勤が決まり、私もそれまで勤めていた病院を退職することになったので、勤務形態をパートに変えて転職し、体外受精に挑戦することを決めました。

―できるなら働き方を変えずに不妊治療をしたかったのですか。

当時はそう思っていました。不妊治療をしていなければ選ばなかった選択をしたことで「正社員で働き続けることができなかった挫折感」を味わいました。

しかし、今振り返ると不妊治療をするために働き方を変えたことで、育児をしながら働きやすい場所を事前に見つけられたと感じています。働き方を見直し、自分自身に働き方改革をしたことが結果的によかったのかもしれません。

(本人提供)体外受精へステップアップする前、転勤先の名古屋での味噌煮込みうどん

―薬剤師として働いている中川さんが、不妊カウンセラーになろうと考えたきっかけは何でしょうか。

私自身が不妊治療中に誰にも相談できず苦しい時間を過ごしたことが大きなきっかけです。不妊の話はデリケートな内容なので誰にでも話せるわけではない。かといって多くの患者を抱え待ち時間も長くなるクリニックでゆっくり自分の話をすることもできない。私が当時感じた孤独が不妊カウンセラーを目指す大きな原動力になりました。

ほかには、大学病院で働いていたとき、がん治療に立ち向かう患者さんとお話しする中で、不安な気持ちを吐き出したり薬に関する正しい情報を得たりしていくと、前向きな気持ちで治療に取り組めるようになる姿を見てきました。その経験から不妊治療中の方にも、不安な気持ちを吐き出したり医療に関する正しい知識を得たりする場所を提供したいと思うようになり、不妊カウンセラーを目指しました。

―ブロック外しセラピストはどのような経緯でなろうと思ったのですか。

私は不妊治療を経て子どもを2人授かったのですが、上の子が自分の感情を抑えられないことが多く「この子を幸せに育てるためには自分の価値観を押し付けてはいけない」と感じる場面がありました。

育児に悩んでいたとき、ブロック外しという手法に出会い、感情の扱い方や不要な思い込み・固定概念を解消する方法を学んだことで、子どもとの境界線をしっかりと引けるようになりました。

私自身がとても生きやすくなったので、ブロック外しセラピストも目指しました。

(本人提供)体外受精で妊娠判定後の誕生日

―ブロック外しセラピストは育児の経験から目指したのですね。不妊に悩む方にも有効なのでしょうか。

カウンセリングは相談者さんの話を丁寧に傾聴します。ブロック外しでは傾聴することに加え、経験したトラウマや辛かった記憶を思い起こし、ワークを行うことでネガティブな感情を吐き出します。

ブロック外しはトラウマや辛い感情が炙り出され、心の負担がさらに大きくなる可能性があるため、つらい渦中にいる不妊治療中の方にそのまま提供することはむずかしいと感じています。相談者さんの心の状態をみながら進めていきます。

(本人提供)

「2人目不妊」「受精卵の廃棄」不妊治療で抱えた悩み

―中川さんの不妊治療の経験を教えてください。

29歳で不妊治療を始め、30歳で初めて体外受精をしました。完全自然周期の体外受精(※1)で1人目を妊娠・出産し、2人目のときは転院して高刺激法での体外受精(※2)で妊娠・出産しました。

※1:排卵誘発剤を使用せず、自然発育した卵子を採取する方法
※2:排卵誘発剤を効果的に使用して卵巣を刺激し、多くの卵子を採取する方法

―2人授かったのですね。2人目の不妊治療ではどんな悩みがありましたか。

2人目の治療のときは上の子がまだ1歳半で保育園に通っていました。そのため普段から子どもが発熱したり体調を崩すことも多く、体外受精をキャンセルしなければならないかも、と不安を抱えながら通院していました。仕事に関しても、ただでさえ子どものことで休みがちな状況に加え、さらに不妊治療で休むことに申し訳なさを感じていました。

―2人目不妊の悩みを持つ方も多いですよね。

そうですね。子どもを1人授かっているので周りから不妊に悩んでいるとは思われず、気軽に「2人目は?」と聞かれ傷つくこともあります。1人目を自然妊娠で授かった方であれば不妊治療を受けること自体ハードルが高いと思いますし、育児による身体的・精神的ストレスを抱えながら不妊治療をできるのかという不安も大きいと思います。

(本人提供)二人目治療中の結婚記念日

―2人目不妊は1人目不妊とはちがう悩みがありますね。ほかにはどのような悩みがありましたか?

2人目の体外受精では凍結胚ができ、出産後もクリニックで保管していました。その凍結胚を半年前に移植し、妊娠せず今に至ります。受精卵は凍結されているけれど自分の年齢が上がると出産のリスクも高くなることから「いつまでも先延ばしにはできない…」という焦りも感じ、いつ最後の移植をするのかとても悩みました。

―最近まで不妊治療をしていたのですね。凍結胚を戻すタイミングは大きな悩みですね。

はい。年齢を重ねることへ焦りを感じてはいるものの、育児に追われて時間的に余裕がなく、なかなか不妊治療を再開できずにいました。私の場合は1人目の妊娠中に妊娠高血圧症候群になったり、2人目は低出生体重児であったりしたので、なるべく若いうちに凍結胚を移植したいという気持ちがありました。しかし、現実的には不妊治療を再開できずに葛藤していました。

―凍結胚をどうするのか、という悩みを抱えている方もいらっしゃいますね。

そうですね。受精卵を廃棄するというのは私の中でかなり勇気のいる選択だったので、移植はしようと心に決めていました。

しかし、体外受精で卵子が過剰に採れたとき、移植するのか、それとも廃棄するのか…とてもむずかしい選択だと感じます。

「医療者」が「患者」になって知った大きな孤独

―医療従事者でありながらも、個人で不妊カウンセラーの活動をしている理由を教えてください。

不妊治療中の方は感じているかもしれませんが、クリニックや薬局などの医療現場では人手不足もあり、医療者は忙しく働いています。加えて患者さんとゆっくり話をすることに対しては診療報酬の点数がついていません。なので、そこに対して医療者が必要以上に力を注ぐことはむずかしい現状があります。こうした背景から医療現場では提供することがむずかしいサポートを個人で提供しています。

―「診療報酬の点数がついていないから力を注ぐことがむずかしい」という言葉がずっしりときました。

日々の薬局業務をかなり忙しく行う中で、患者さんと10分話すという時間をとることもできないんですよね。医療者は安全に効果的な治療を受けてもらうことを最優先に考え、そのために必要である医療を提供できるよう一丸となっています。私も不妊治療を受ける患者となったとき、医師や看護師が私のために一生懸命に治療をしてくれていることを感じていましたし、尊敬の念と感謝の気持ちでいっぱいでした。

その一方で、大きな孤独も感じていました。

(本人提供)治療中、北海道旅行で見たトマムの雲海

どのような孤独を感じていたのですか。

日々感じる不安や焦り、治療法の選択、知らない単語や情報を自分の中に落とし込む作業など、友達や同僚には相談できない悩みが増えました。だからこそ医療者に相談したいけれど、なかなか叶わない。誰にも相談できず全てを自分で決めていかなければならない状況に孤独とプレッシャーを感じ、治療を続けることにも負担を感じるようになりました。

そうした孤独をどう扱っていいのかわからず、夫に当たってしまうこともありました。いつも私を支えてくれていたのに、夫には申し訳なく思っています。

患者が不妊治療を進める上で、適切な治療を受けることと同じくらい心の負担や不安を解消することも大切ですね。

そうですね。私も患者になって初めて「患者は孤独を抱えながら治療をしている」ことを身に染みて感じました。

医療用語では「アドヒアランスの向上」と言いますが、自身の病気や治療内容を理解し、治療法を選択することで、積極的で前向きに治療に取り組めるようになります。その結果、心の負担を軽くすることができると信じています。

医療者は最短で妊娠できるように頑張っているので、その治療の効果を最大限に引き出せるよう、不妊カウンセラーとして心のサポートを提供したいと思っています。

(本人提供)治療中、北海道旅行でのツーショット

信頼関係を築く医師との「コミュニケーション」

―医療者と患者の両方の視点を持つ中川さんが、不妊治療を進める上で大切だと思うことを教えてください。

私は「医師との対話をスムーズに行えること」が不妊治療を進める上で大切だと思っています。

医師も限られた診察時間で、目の前の患者がどれくらい治療のことを理解しているのか、治療に対してどう思っているのかを把握するのはむずかしい。だからこそ患者から質問をしたり不安を伝えたりして、お互いに信頼関係を築く必要がある。その結果、患者さんも安心して治療を受けられるようになると考えています。

―医師とうまくコミュニケーションをとるポイントはありますか。

自分が分からないことを明確にしていくことですね。どこまで分かっているのか、どの部分が分からないのかを整理して要点をまとめておくと、短い診察時間でも落ちついて医師とコミュニケーションがとれると思います。そうすることで信頼関係の構築にもつながります。

―信頼関係を築くためにもコミュニケーションは大切ですね。なかなか医師に質問できず自分で調べている人も多い印象です。

そうですね。疑問や不安に思っていることを解消できずに治療を進めるのはストレスになりますし、かといってインターネットやSNSの膨大な情報の中から正しい情報を自分で選択するのもむずかしい…たとえ診察時間で聞けなかったとしても、調べて疑問に思ったことを次の診察で聞けるよう、カウンセリングの中で要点を一緒に整理したり練習したりすることもできます。

―カウンセリングの中で一緒に整理できるのはうれしいですね。医療者の視点があるからこそできるサポートですね。

薬剤師は処方箋の内容に少しでも疑問があれば、顔を見たことのない医師に対しても電話をして内容を確認しなければならないことが薬剤師法で定められています。私自身は仕事柄、疑問があれば医師に確認するということに抵抗はありませんが、医師に質問をするのはハードルが高いですよね。

医師と患者のコミュニケーションがしっかりとれることでお互いの信頼関係が向上し、納得して治療を進めやすくなるので、サポートしていきたいです。

(本人提供)

つらかった不妊治療、その経験を乗り越えた自分は「誇らしい」

―カウンセラー活動を始めて感じたことを教えてください。

言語化することの大切さを改めて感じました。初めてカウンセリングを受けたクライエントの方が「とても心が軽くなった」と感想を伝えてくれて、普段話しにくい内容だからこそ、話すだけでも心が軽くなるんだと思いました。

―不妊治療に対するネガティブなイメージも「話しにくさ」につながっているかもしれませんね。

そうですね。不妊治療にはネガティブなイメージがありますが、私は不妊治療の経験を「誇らしいこと」だと思っています。

―「誇らしいこと」とても勇気づけられる言葉ですね。

不妊治療をしている方はものすごい勇気をもって通院していることを実体験を通じて知っているので、みなさんに対し尊敬の気持ちがあります。

私は不妊治療を経て出産・育児をしていますが、不妊治療をしていた時期が1番つらく、そのつらい経験を乗り越えた自分を誇らしく思っています。

不妊治療中、心に余裕がなくなったときは「私は頑張っている」と自分自身を誇らしく感じてほしいですし、私はみなさんのことを尊敬しています。

―出産よりも育児よりも不妊治療が1番つらかったのですね。誰にも相談できなかったというところも大きく影響しているのかもしれませんね。最後に、不妊に悩む方にメッセージをお願いできますか。

私が伝えたいのは「不妊治療は幸せになるためのひとつの選択肢である」ということ。

不妊の悩みはとてもデリケートで繊細です。些細な出来事に傷つくこともたくさんあります。ガラスのように割れやすくなってしまった心がいつ壊れてしまうのかという恐怖を抱えながら過ごしている人もたくさんいます。同じような境遇の人がたくさんいても、デリケートな内容がゆえにお互いの状況や気持ちをオープンにして共有できず、ひとりで抱え込んでしまう。

いま、ひとりで抱え込んでいる人がいるなら、安心して話せるカウンセリングで自分の気持ちを吐き出してほしいです。その時間の中で「幸せになるための選択」をしていることに気づき、心の重荷を降ろして、前向きに治療と向き合えるようになると信じています。私自身が不妊治療中に欲しかった「安心して話せる場所」を用意しているので、ぜひ頼ってほしいです。

(本人提供)治療中にゆずのファンになって楽しみを見つけた

―不妊治療の経験を「誇らしい」と語った中川さん。「患者が抱える孤独」を和らげる不妊カウンセリングは、不妊治療を受ける女性の背中を押し、医療者と患者の架け橋となるでしょう。今回は素敵なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

中川 佳子さんのカウンセリング予約はこちらから

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コメント

  1. 拝読して胸がジンと温かくなりました。
    素敵なインタビュー記事をありがとうございます😊🌸

  2. @綾原みなと
    コメントありがとうございます!とても嬉しいです☺️素敵な記事を作成してくださった藤岡さんと白石さんに感謝です🥰

  3. 「誰にも相談できず全てを自分で決めていかなければならない状況に孤独とプレッシャーを感じ、治療を続けることにも負担を感じるようになりました。」
    私も本当に孤独とプレッシャーに打ちのめされそうだったなぁと思いながら読ませていただきました。
    佳子さんの医療者、当事者、両方のご経験があって、今の活動への想いにつながられているんだなぁと、とても伝わってきました。

  4. @萌黄さやか
    コメントありがとうございます🥰とても嬉しいです!不妊治療の孤独を感じた経験があるからこそ、今悩まれている方々にお力添えできることが、私たちには必ずあると信じています☺️

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